【作家紹介 Gallery】ベン・ベノム

注目の作家、ベン・ベノムと巨大作“Don’t Tread On Me!”。ベンはリーバイスのライダーズジャケットの背中部分のアップリケデザインの仕事をしている。
photo: Randy Dodson

アメリカのキルト界が最近、賑わっています。きっかけとなったのは、新しいスタイルとしてこの十年ほどのうちに登場した「モダンキルト」(シンプルな幾何学模様のデザインと明るく鮮やかな色使いの、インテリアやファッションにも似合うキルト)の流行です。それまでよりも若い世代がキルトに関心を持つようになったことや、鮮やかな色が生地のトレンドになり、一気に人気が高まっているからです。

しかしもうひとつの理由として編集部が確信していることがあります。それは「男子」の台頭です。

“No More Mr.Nice Guy!” 165×104cm

今、才能ある「男子」がキルトの世界に登場し、スター的なポジションを獲得し始めているのです(創刊号でご紹介したルーク・ヘインズがその代表です)。もちろん、キルトの歴史を振り返れば、「男子」が素晴らしいキルトを作るという話は多く、珍らしいことではありません。

ではなぜ今、改めて注目されるのでしょうか。それは男子たちが美術や建築の専門知識を持ち、時代を映すキルトを発表しているから。加えて彼らは若く、ナイスルックで、キルトを心からクールな表現方法として捉えた上で制作に取り組んでいるからです。

“I Am TNT” 58×48cm

サンフランシスコ在住のベン・ベノムもそんな「男子」の一人です。有名美術学校で学び大学院でテキスタイルに転向する基礎を固め、キルトを表現媒体として選びました。二〇〇七年のこと。そしてミシンを使いこなすために試練と失敗を重ねたそうです。

キルトを選んだ理由は、当時、サンフランシスコの美術館で「ジーズベンドのキルト展」を見て、大きな衝撃を受けたこと。それは自分の住んでいた地域にそれほど遠くないアラバマ州の僻地ジーズベンドに生きるアフリカ系アメリカ人の婦人たちの作るキルトですが、一般的なキルトとの違いは彼女たちはジーンズやブランケットまで、貧しい暮らしの中で不要になったわずかな布を使い、その布の形を最大限に生かしたパッチワークで究極のリサイクルをしたことです。再利用でありながらもアフリカ系アメリカ人の色彩感覚が生きるモダンなアートとして大きな話題を呼びました。ベンは、布の再利用に大きな関心を抱いていましたが、リサイクルでなくアップサイクルと呼ぶにふさわしいジーズベンドのキルトこそ、自分が目指すべきスタイルと確信したそうです。そして取り組んだのは、長年ため込んで、ほつれても破れても捨てられなかったたくさんのヘビーメタルバンドのTシャツです。そこにジーンズや革、人からもらった古着まで入れてキルトにしました。

“King for a Day” 144×114cm

「わかったことは、いろんな人の古着がピースに縫い込まれるとキルトは複数の人の歴史を語るようになるのです。シミも涙もカギ裂きまでが作品の一部となります。そして思い出、夢、過去の出来事など個人的な歴史がキルトの中で立ち登り、それらがまとまり新しい世界を作り上げていくのです」

なるほどヘビーメタルのキルト…と納得できる毒のある攻撃的なモチーフは、大半のキルターの感覚とはほど遠いでしょう。しかし、彼の創作の根底には、古着を単なる素材としてではなく持ち主の個人的な思い出や時間までを含めたキルトを創作しようという、熱い思いがあります。

“Open Wide” 93×68cm

私たちがこれまで見たことがないキルトをベンが作ります。「こんなのはキルトではない」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし今、キルトの世界にベンのようなユニークな作家が登場していて、賑わっていることをお伝えしたいと思います。

※よみうりキルト時間2号(2016年発行)の掲載記事より

 

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