【キルトデザインの種 vol.2】郷家啓子さん

「ピーターからとってポールへA」180×180㎝

キルトデザインの裏側に隠れた制作者の思い、ルーツ、発想の源を聞きにいく連載。今回は、郷家啓子さんにお話を伺いました。

自己表現を学んだ学生時代

郷家啓子さんの作る作品は、軽快な構図に「郷家カラー」と形容される配色が特徴的で、遠くからでも目を引きます。「パッチワークは絵を描くのと同じ感覚」そう話す郷家さん。元々イラストレーターとして働いていた経験が、現在の制作に影響を与えているようです。

郷家さんが生まれ育ったのは、宮城県仙台市。幼少期より絵を描くのが好きだったこともあり、物ごころがつく頃には絵を描く仕事がしたいと考えるようになっていました。高校卒業後、一旦地元で就職をしたものの、どうしても絵の勉強したいという夢を諦め切れず、半年の会社勤めの後、東京の美術学校に行く決意をします。何とか両親を説得し、ファッション・イラストレーターとして有名だった長沢節さんの主宰する「セツ・モードセミナー」に入学します。著名なデザイナーやイラストレーターを多く輩出しているセツ・モードセミナーは、創作の自由を重んじてくれる、とても刺激の多い場所でした。

「ここで過ごした二年間は、私の人生に必要な時間でした」と郷家さんは当時を振り返ります。昼に働き、夜は学校へ通う日々。充実した生活の中での楽しみは、月に一回、学校で行われる絵の発表会でした。「節先生に直接絵を見てもらえる発表会。その前日は、昼の仕事を休み、思う存分絵を描きました。君はいつもたくさん持って来るね、と言いながら、節先生が私が描いた一枚一枚を見てくれるのが、とても嬉しかったのを覚えています」。表現することの自由、そしてその楽しさを吸収する日々の中で、現在作家として活躍する郷家さんの「自己表現」の礎が築かれました。

学校卒業後は仙台の実家に戻り、描きためたデザイン画を持って、仙台で働くべく、地元のデザイン会社をまわりました。タウン誌を発行している会社への就職が決まり、イラストレーターとしてのキャリアをスタートさせます。

パッチワークとの出合いは、働き始めてしばらく経ってからのことでした。最初に勤めていた会社が倒産し、知り合いの紹介で他のデザイン会社でイラストレーターとして働いていた時、会社にたまたまあった雑誌で、十センチ角の四角形をつなぎ合わせたクッションを目にします。何気なく作ってみよう思い立ち、見よう見真似で作ったのが、初めてのパッチワークでした。自分にしか作れないものを生み出せる感覚にワクワクし、パッチワークに夢中になります。

パッチワークという自己表現

結婚を機に会社は辞め、家でイラストの仕事を続けながら、家族のものを中心にクッションやベッドカバー、カーテンなど、身の回りの実用品をパッチワークで作っていました。「誰からも習わず自己流で作っていたので、試行錯誤の繰り返しでした。今考えると可笑しいのですが、キルトが間に綿を入れていることに気づくのにも少し時間がかかり、初めはタオルや毛布などを挟んで縫っていたんですよ。その時は無我夢中でした」。トラディショナルパターンからスタートして、段々と人と同じパターンのものでは満足できなくなり、絵キルトへと興味が移ります。雑誌のコンテストに応募し、賞をとり、雑誌の展示販売会などに呼ばれるようになった頃、郷家さんに転機が訪れます。

地元新聞の付録冊子で「何かに夢中になっている女性」を取り上げる記事の取材を受け、パッチワークをしている姿が紹介されたことで、読んだ人からの問い合わせが殺到したのです。内容は「パッチワークを教えて欲しい」というものでした。東京でもパッチワークの教室が流行り出し、パッチワークの専門誌が出始めた頃だったことも重なり、問い合わせの数は増していきました。「何度も電話をくれる人や、熱心に訪ねてくる人もいました。子供が小さかったので迷ったのですが、結局、皆の熱意に負けて、教室を開くことにしたのです」と郷家さん。教室といっても、自分自身も習ったことがないため、何を教えたらいいかがわからないところからのスタート。でも教室で教え始めたことで、自身が自己表現の手段として、パッチワークを捉えていたという発見がありました。「パッチワークは手法としては裁縫ですが、私にとっては絵を描いている感覚と変わりはないんです。何かを描くという自己表現の自由さは無限で、誰かに制限されるものではなく、人に教えることでそれに気づくことができました。その時から世界が一気に開け、さらにパッチワークが好きになりました」。

長年多くの生徒さんに教えてきたことで、生徒さんからたくさんのいい作品が生まれ、一時期、それで自身の充足感が満たされると感じる時期があったと話す郷家さん。作家としてのこれからを聞いてみたら「最近、また真摯に制作に向き合いたいと思うようになりました。パッチワークは私の自己表現。体が持つ限り、これからも表現し続けていきたいです」と笑顔で話してくれました。

縫い代を裁ち揃えた後に残った細長い布などを、グラデーションがきれいに出るよう細かく縫いつないで額に仕立てました。カラフルな糸でさまざまなステッチを自由に加え、豊かな表情を出しました。15×15cm

 − Profile −
郷家啓子さん
宮城県仙台市生まれ。セツ・モードセミナーでイラストを学び、卒業後、地元仙台でイラストレーターに。パッチワークと出合い、独学で制作を始める。その後、自宅教室を開き、以来定期的にサークル展を開催している。

撮影:白井由香里

キルト時間13号(2018年発刊)掲載

 

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