【キルトデザインの種 vol.1】黒羽志寿子さん

「夜風のセレナーデⅡ」 130×170㎝ 2009年

キルトデザインの裏側に隠れた制作者の思い、ルーツ、発想の源を聞きにいく新連載。第一回目は、黒羽志寿子さんにお話を伺いました。

祖父母から学んだ仕事の「仕方」

水、空気、風、空、宇宙…。表現というより、思想とも感じられる作品を発信し続けるキルト作家・黒羽志寿子さん。幾何学のピースワークや緻密に広がるキルティングで表現される作品の数々は、複雑とシンプル、重厚さと軽やかさなど、一見、相反するものが交差していて、不思議な世界観を生み出しています。

山口県徳山市(現在の周南市)生まれの黒羽さんは、幼くして両親を亡くし、餅屋を営む商家で祖父母に育てられます。戦中、戦後と混迷する時代の渦の中、祖母の采配で営まれていた餅屋を、幼い頃から手伝い、将来、職人として生活できるように厳しく育てられたと話します。周りはみんな大人。仕事の「仕方」は、大人に混じって働くことで身に付きました。

「朴葉(ほおば)を履き背丈を高くして、大人と同じに早朝からの仕事。祖父母の働く姿を毎日見て覚えたのは、仕事に必要な段取りでした。それは今の仕事にも生きています。ものの見方やものを知るということ、生き抜くための知恵をその時の仕事を通して叩き込まれたような気がします」

職種が違っても仕事において大切なことは同じ。この頃のことは、いつも思い出してはキルトに置き換えて考えるそうです。

日本人である私が作るキルト

キルトを知ったのは、三十八歳の時でした。夫の海外赴任で、アメリカで暮らし始めて四日目。生活用品を買うついでに何気なく立ち寄ったキルトショップで、一枚のキルトに出合います。その年はアメリカ建国二百年祭の前年で、多くの古いキルトが懐古的に展示されていて、それもそんな一枚でした。パッチワークは知っていたものの、直に見て初めてわかった細かく繋いだ上から施されたキルティングに、あっという間に心を奪われます。水曜日をオープンハウスの日と決め、週に一回、家に知人を集めてすぐにキルト制作を始めました。

子供たちのもの、自分のものと制作を重ね、独学で習得したキルトでしたが、学ぶうちに「日本人としてどんなキルトを作るべきか」を考えるようになります。アメリカの布で作る、アメリカンパッチワークのキルトではなく、日本人として日本の布を使ったキルトを作ってみたいという思いや欲が出てきました。しかし、改めて「日本らしさ」を振り返ってみた時、今まで日本人として生きてきたのに、日本のことを何も知らない自分に愕然とします。

「アメリカで英語を話せないことの不自由さは十分というほど思い知らされました。でも日本語は話せて、聞いて理解することもできるのに、今まで何も感じてこなかった自分を知ったのです。それが本当に情けなかったです」

遠く離れたからこそ感じた「日本を知りたい」という強い思い。それは今のスタイルに繋がる、黒羽さんのキルト制作の原点になりました。

日本に帰国する前に「帰ったらキルトを教えよう」と決めていて、帰国の二週間後には知人宅で教室をスタートしました。アメリカでの渇望を満たすかのように、並行して日本の布を使って作品制作を始めます。縫いやすく作品に合った色の布を求めて、シーチングを自分で染めたこともありました。そこで多く使うようになったのが、藍染め布でした。

「藍」に行き着いたのは、縫いやすさに加え、キルトのデザインとして考えていた「空間」を表現するのに、ぴったりの色合いだったことも理由のひとつでした。空や海、空気などの空間を表現するのに、一番適した色が、幅広い濃淡を出すことができる藍だったのです。

「パターンだけでは平面的な構成になるデザインも、藍の濃淡を使って立体的に奥行きを作ることができるとワクワクします。実態のない空気感を表現できる色が藍なのです」

「好き」を豊かにする工夫

デザインを考える過程で、布から教わることも多いと黒羽さんは語ります。また意外にも与えられたテーマに沿って制作することも楽しいと続けます。

「キルトは料理と通ずるところがあり、素材である布をどう調理するか、どう使い切るかをまず考えます。テーマがあれば、自分だったらどうするかを考えて、余すとこなく使いこなそうというのが楽しみでもあるのです。キルトを豊かにするのは、自分自身の工夫であり、それがないと続かないのではないでしょうか」

制作をし続けながら、全国を飛び回りキルトを教える日々。忙しい中での制作は大変そうに思えますが、教室で教えることも、作品制作に繋がっていると考えます。

「何を見ても、何を聞いてもキルトと結びつけて考えてしまいます。教室で教えることでも、異業種の方と話すことでも、すべて自分のキルトに繋がる何かを探し求めている気がするのです。布がある限り、飽きることもなく、自分でも困るくらいにキルトが好きなんです」

まだまだ表現したいものがたくさんあると笑顔で話す真っ直ぐで強い思いは、世界が羨む和キルトをこれからも牽引し続けることでしょう。

小さくなった布は、糸を通すか、きちんと巻き、テープでとめ、次に使いたくなる姿にして全部とっておきます。端切れを利用した巾着は、短い紐を引くと開き、長い紐を引くと閉じるという、機能的な一品。14×7㎝

− Profile −
黒羽志寿子さん
「nuno space 黒羽」主宰。藍染めと更紗など日本の布を使ったキルトは国内だけでなく海外でも人気があり、日本の和キルトの立役者。東京都在住。

撮影:福井裕子

※よみうりキルト時間8号(2017年発行)の掲載記事より

黒羽志寿子
     

黒羽志寿子 さんShizuko Kuroha

     プロフィール

「nuno space 黒羽」主宰。藍染めと更紗など日本の布を使ったキルトは国内だけでなく海外でも人気があり、日本の和キルトの立役者。東京都在住。

 

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