【世界キルト紀行 3】フランス 
どんな素材も素敵な刺繍にするセシール・フランコニィー

作品で埋め尽くされたセシールのアトリエ。

どんな素材もどんな題材も刺繍に生かしてしまう、
素敵な作家を取材。

前の晩にメールで指示された電車名、発車時刻、降車駅のメモを握って、パリ、モンパルナス駅へ。切符の自販機に悪戦苦闘して買い求めたチケットは発車時間が逼迫しており、コーヒーを買うゆとりもなく列車に乗り込んだら発車のベルが鳴った。

パリ郊外の小さな町ガランシエール駅には四十二分だけの短い旅。ほんの十五分も走ると草木の緑が車窓いっぱいに現れ、電車はいくつかの駅に時刻通り止まった後、その駅に着いた。

駅に迎えに来てくれたその人は、赤のメガネにコートをサッと羽織って、足元はアンクルブールにレッグウォーマーという素敵ないでたち。刺繍とキルトの作家として人気の高いセシール・フランコニィーだ。

早速セシールの運転する車で十分のドライブ。子供が四人いて母親業を最優先させてきたこと、パリにもサッといけて自然の残るこの街が大好きなこと、家の近所のガレット屋がとても美味しいことなどを話してくれ、これからお宅にお邪魔するワクワク感がどんどん高まった。

車が到着したのは可愛らしい庭のあるお宅。家族の暮らす母屋のお隣には小さな別棟があり、そこが彼女のアトリエとなっている。二部屋続きのその空間は作家セシールの世界感が満ち溢れている。深い色や繊細な色が接ぎ合わされたパッチワークや、質感の異なるきれいな色糸での刺繍作品が、壁面、棚、テーブル一面にびっしり。ここは制作はもちろん、近所の人々のために週に何度か開いているレッスンのスペースにもなっている。感心するほどおしゃれな色の組み合わせ方や、完璧な中にもホッと感じる可愛らしさは、私たちが憧れてきたフレンチのファッションセンスに共通するものがあり、心を鷲掴みにされる。

三日月の糸巻き立て。なんておしゃれ!

大きな窓に昼前の朗らかな光がたっぷりと注ぎ込む窓辺の特等席で、美味しいコーヒーをいただきながらお話を聞いた。

質問(以下編集部Q)「刺繍とパッチワークの組み合わせが素敵ですね」

答え(以下セシールA)「最初はパッチワークで、二十四歳になる娘が小さかった時、ベッドにかけるキルトを作ったのです。しばらく家族のためにキルトを作りましたが、二〇〇二年に刺繍作家のリア・スタンサルの作品を見て感動しました。リアの刺繍はいろんな色を使い、モチーフは花鳥風月ではなく、意味を込めた図柄を力強く刺していました。すぐにクラスを受講し技術だけでなく、刺繍の表現の根底にあるものを学びました」

花の刺繍のポーチ3つ。刺繍枠を使わずに刺す。

Q「いろんな素材を刺繍に使っていますね」

A「ウール、レーヨン、ナイロン、シルク、コットン、何でも。これにこれを合わせなければならないという決まりごとを一切外したらのめり込むほど面白くなっていきました。そしていつの間にか、キルトがメインだったのが刺繍がメインでキルトが少し、となっていきました」

Q「刺繍のモチーフはボリュームがあったり、はかなげだったり。一方で控えめで脇役のステッチもあります」

A「キルトの縫い目はまっすぐでなければきれいな仕上がりにはなりません。でも刺繍はどんな方向からどんな向きや形でもできます。だから自由度が高いのです。毛糸もレース糸も使うし、飾り用フリンジも刺します。つまり針穴に通るものは何でも。造花用の紙も刺繍して広げると面白くなります、今は、想像を掻き立てられる糸でいろいろやっています」

指ぬき立て(右)にお家のソーイングボックス。

Q「どんな布が好みですか?」

A「いつも選ぶ基準は色です。欲しい色であれば新しくても古くても構いません。ちょっと古びた、レトロな感じの布の控えめで馴染んだ味わいには特に惹かれます。古いエプロンとか古着とか。今のお気に入りは昔のベッド用マットレスのカバーで、織模様が入っていてそこに刺繍するとゴージャスになります。端はまつらずにそのままにしてほぐします。伝統的な刺繍とはずいぶん違いますね。アップサイクルとはこんなことを言うのかと自分で納得しています」

Q「ご自分の作品はアートの範疇に入ると思いますか」

A「師匠のリアの作品はアートです。私は自分をアーチストではなくクリエーターだと思っています。楽しくやっていることが土台にあります。そうですね、私はファンタジーを描いているのです」

Q「作品を拝見すると、抜け感とか楽しい気持ちとかが伝わってきます。アート作品を見たときのような『考えさせられる』感覚ではなく、単純に『楽しい仕事』と感じる理由がちょっとわかってきました。でも独特の色使いはアートと言えそうです」

A「心の中の感覚で色を選んでいます。それは、これまでいいなと感じて一生懸命見てきた絵画から影響を受けていると思います。それと私は庭仕事が大好きで毎日の日課です。花からインスピレーションを得ること、多いですよ」

青い鳥のニードルブック。

Q「作品はいろんな手法を組み合わせているように見えます」

A「基本の刺繍は、ストレートステッチ、リーフステッチ、フィッシュボーンステッチ、スパイダーウェブローズステッチなどで、糸を変えるとボリュームやバリエーションが膨らみます。刺繍はどこまでも刺せるのでどこまで刺して止めるかですね」

Q「最後にお聞きします。何色が一番好きですか?」

A「黒です。他の色を美しく見せるから」

縁取りも可愛いニードルブック。

返ってきた意外な答え。そして室内のいたるところに置かれたたくさんの作品、キルト、ミニバッグ、ニードルブック、クッションを改めて眺めると、実際、黒の使用頻度が高いことに気付く。色を使いこなす作家ならではの答えである。

お話を聞いた居心地の良い室内の窓ガラスに映る秋の庭は、花こそ咲いてはいないが、金色に染まった銀杏の葉やキャラメル色の樫の葉に地面を覆い尽くされ、暖かそうだ。

楽しかったひとときはあっという間にすぎ、パリへ戻る時間が気になってきた。ご近所のガレット屋で美味しいランチを急いでいただき、駅に着くと電車がホームに滑りこんできた。

<Quilt豆知識>
リア・スタンサルは、キルトと刺繍の世界で一目置かれているフランスの作家。指導にもあたっている。
ニードルブックとは、フェルトのページに針を刺してしまっておくブック状のもの。見た目は豆本。

map: Yuka Yoshida

※キルト時間15号(2018年発行)に掲載

 

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