キルトデザインの裏側に隠された制作者の思い、ルーツ、発想の源を聞きにいくシリーズ。今回は、岡野栄子さんにお話を伺いました。
創作という自己表現
宝箱を開けるような楽しみが詰まった岡野栄子さんのキルトは、観る側を飽きさせない工夫や仕掛けで溢れています。うっとりするような細やかなテクニックだったり、一歩踏み外すと危ういような絶妙な色合わせだったり、ワクワクするようなメッセージだったり、改めて観てみると、作品にはまさに、岡野さんそのままが詰まっているのです。
小さい頃からものを作るのが好きで、絵を描くことと、人形の服作りに特に夢中になった幼少期。体が弱かった妹にどうしても両親がかかりっきりになることが多く、自分はしっかりしなくてはという意識から「どことなく大人びた子供だった」と話す岡野さん。当時をこう振り返ります。
「一番古い記憶は母が足踏みミシンで服を作る傍、裁ち落とした端切れをもらい、人形の服をたくさん作ったこと。今もずっと変わってないのですが、何かを作って自分を表現することが好きな子供でした。だから絵に夢中になり、毎日のように絵を描いていました。習っていたわけではないのですが、賞をいくつももらったこともあるんですよ。今思うと、あの頃から私は体の中に熱いマグマのようなものを持っていて、それを創作という形で自己表現することで放出し、バランスを保っていた気がします」
中学からは文学に没頭し、自身でも文章や詩を書きます。体の中にあるマグマは、文字表現という新たな方法を得て、さらに表現の幅を広げていきます。
短大では栄養学を学び、卒業後は栄養士としてクッキングスクールに勤務。二十五歳で結婚し、程なくして子供を授かります。家の中でもできるラジオモニターの仕事をしながら、子育てをしていた二十八歳の頃、みようみまねで布を接ぎ合わせ、身の回りのものを作っていました。ある雑誌でその技法を「パッチワーク」と呼ぶことを知り、衝撃を受けます。布が好きだったことも手伝い、小さな布をつないで自分の表現を作り上げるその技法に魅了されていきます。自身で試行錯誤しながらも、パッチワークを身につけた頃、日本で最初のパッチワークスクールが開校することを知り、入学を決意します。 「自分が探していた表現に巡りあえたような気がした」と話す岡野さん。それ程までにパッチワークとの出合いは鮮烈でした。そこから、岡野さんのパッチワークに綴って自身を表現する人生がスタートしたのです。
蓄積で鍛えられるデザイン力
『おいしいキルト』『読むキルト』『打掛キルト』など、何作にも渡るシリーズ作品も多い岡野さん。そのユニークなデザインの発想の源となっているのは、今や数えきれない程ある、自作のスクラップブックだといいます。スクラップブックの中は、結婚した一九七一年から、気になるものを何でも切り抜き、まとめてきたものが詰まっています。新聞、広告、雑誌、カタログ…。その時々で心が動いたものすべてが貼ってあり、それはまさに宝箱のよう。岡野さんのキルトそのもののような楽しさがあり、眺めていても飽きません。
「何がキルトにつながるかわからないので、気になったものは貯めておくようにしています。経験も同じ。音楽や映画などもできるだけ鑑賞するようにしています。『おいしいキルト』は、栄養士をしていた経験からできた作品。無駄なことなんて何もないので、あらゆることを貯めておくことを心がけています。デザインはある程度の鍛錬が必要。デザイン力は自分の『好き』や『おもしろい』を蓄積させておくことで、自然と鍛えられ、考えなくてもデザインに結びつけられるようになっていくのだと思います」
「おもしろい」が止まらない
今年、キルターとしてとても光栄な出来事がありました。以前、知り合いの方を介して寄付した一枚のキルト。そのキルトが縁で、アメリカ、ネブラスカ大学のキルトミュージアムから作品を買いたいという話が持ち上がったのです。迷いに迷った末、大小合わせて二十九点の作品を、同館に寄付することを決めました。 「個展をしていただき四〇年間キルトを作り続けてきて、一番のご褒美のような出来事でした。作るのが好きというだけで長年制作してきたので、私の表現を認めてもらえたのが嬉しかったです。でも、私の中で売ってしまうのは何かが違う気がして、これまでの感謝の気持ちを込めて、寄付という選択に至りました」
岡野さんのキルト制作は、自分でも止められない「おもしろい」と感じることを、誰かと共有したいという思いから始まっています。きれいで可愛いだけでは、一度観て終わってしまうので、遊び心や色気、毒っ気というスパイスをプラスして、観る人をやみつきにさせます。 「私の『おもしろい』はきっと、尽きることがないので、観る人がクスッと笑ってしまうようなキルトを作り続けたい」そう話してくれたのが印象的でした。
− Profile −
岡野栄子さん
東京都在住。キルト工房「バスケット」主宰。1976年から1990年まで、野原チャック氏に師事。おしゃれな色使い、遊び心たっぷりのデザインのキルトが人気。
撮影:白井由香里
キルト時間16号(2019年春号)掲載記事