【世界キルト紀行6】メキシコ・ウエヤパン(プエブラ州)

手作りを愛するメキシコの人々は朗らかで優しい!
伝統の刺繍を守り伝える高原地帯の女性たちとアクティブなメキシコシティのキルター。宝物のような時間が待っていた。

撮影:Ben Ingoldsby  地図:吉田ゆか 取材:市川直美

高原の村で刺繍に出合う

ウエヤパン(プエブラ州)

両面に同じ模様を描く刺繍。

メキシコの工芸品といえば手芸好きな人であればすぐにカラフルな刺繍を思い浮かべるのではないだろうか。先住民の種族の数だけ種類があると言われ、日常着や肩掛けなどの装飾に生かされているメキシコ刺繍は、地域や家々で母から娘へと受け継がれる大切な手仕事でもある。

「メキシコシティから車で二時間で着くから」と聞き気楽に構えて出かけたその地にたどり着くのにかかった時間は五時間半だった。
初めて聞く地名、プエブラ州のウエヤパン。高地を上がり下りまた上がり、活動中の火山から立ち上る白煙を右に左に見渡してどんどん進む。
見上げれば青空には綿をちぎったような薄雲が低く浮かび、仙人が住んでいるような浮世離れした景色がはるかに広がっている。

静寂の風景を抜けた先には、幾つもの村が賑やかに現れ、人々の日常が営まれていた。
今回の目的地、ウエヤパン村には色が浅黒くて人なつっこい先住民の人々が暮らしている。
乾いた石の通りを行き交う人々の装いにまず目を奪われた。
小柄な村人たちは胸元と袖に緻密な刺繍の飾りを入れたブラウスと、裾に刺繍を施したボックスプリーツスカートをまるで制服のように身につけ、一方の肩にたくさんの刺繍の入った大判のショールを掛けている。
ここでは女性たちが、羊の糸を使って織った布に草木で染めた糸を用いて刺繍するという、昔のままの手仕事が今も守られていた。村の人々が着ている服は全てホームメイドというわけだ。

ウエヤパン村で刺繍を作る女性たち。
左から二人目がフラワーズのリーダーのアウグスティナ。

村の女性たちが集まって刺繍をしている場所があると聞き、お邪魔したのはメンバー十五人の「フラワーズ」という名のグループの仕事場。
と言っても空き倉庫に椅子が置いてあるだけの簡素なスペースで、そこでは年齢がマチマチの女性たちがそれぞれ針を動かしている。
なんでもメンバー同士を互いに「フラワー」と呼んでいるそうで仲間意識も強いようだ。
そのフラワーたちは好きな時間にやってきて大体三、四時間いて帰るという気ままな仕事スタイルをとっている。
ここでは販売するためのタペストリーやクロスを製作し、それらは八日おきに村の中心部で開かれる市場で販売する。
伝統刺繍の品物は地元の住民や観光客に人気で、それは彼女たちの大事な収入源となっている。

とても細かいクロスステッチでも模様を全面に刺繍したテーブルクロス。
マーケットで販売するための品。

刺繍の話を聞かせてもらった。女の子は七歳になると家庭で母や祖母から刺繍を習う。
描いた図案はなく目と手で覚えていくのが基本だそうだ。伝統の手法は表裏に同じ模様を描き出す「ダブルビュー」。
服の素材はスカートはウールでブラウスは木綿だが、どちらも刺繍はウールの糸を使う。まず刺繍部分を仕上げ、後で布を足してブラウスやスカートの形に仕上げていく。
大変時間のかかる作業だが、ここには都会とは違う空気と時間が流れているから、かかる時間の長さはさほど重要ではないのかもしれないと、話をしながらも正確に丁寧に模様を刺している彼女たちを見てそう思う。

右/年をとっても目がよくて、老眼鏡要らず。
左/目で覚えている図案を下絵なしで刺していく。

染めの作業場を見せてあげるからと、グループのリーダー、アウグスティナさんの自宅裏庭に案内された。
焚き火で薬草を煮出した中に布や糸を浸けて染めるという原始的なやり方で、火にくべているのは実を食べ終わったトウモロコシの芯。
時間を計って進めるのではなく感覚と経験と体が覚えた勘を頼りに染め具合を計るから気が抜けない作業だ。
色の具合がよしとなったら、布を入れてあとはひたすら棒でかき混ぜる。村の女性は煙にむせながらこの仕事を代々、毎日繰り返しているのである。アウグスティナさんが面白い話をしてくれた。

 「黒は不思議な色なんです。妊婦のいる家と不幸がある家では黒に染めようとしても染まらないのです。そして黒を染めている期間は夫のそばで眠ってはいけないと言われ守っています」

ずっとずっと昔から伝わったきたという黒のタブー。理由はどうあれ世界中どこでも黒は深い意味を含む色のようだ。

焚き火での染色は重労働。

身体中に白煙を浴びた後、アウグスティナさんの母が手製のトウモロコシ料理を作ってもてなしてくれた。
それはトウモロコシの粉を練ってカカオソースと鶏肉を包み、皮に包んで蒸し上げる代表的なメキシコの料理。
巨大なかぼちゃの煮付けと庭に実ったバナナとオレンジ、それに米を発酵させた飲み物がテーブルを埋める。
かぼちゃの煮付けの不思議に郷愁をそそられる味に導かれ、ふと中南米先住民は私たち日本人と同じモンゴロイドであると以前に本で読んだことを思い出した。
数万年もの時間の大海を遡ればもしかしたら私たちは同じルーツに届くかもしれないという、スケールの大きすぎる想像が頭をよぎりクラクラしてくる。
記憶も時間も超えた遥か向こうでつながっているかもしれない人々とテーブルを囲み、トウモロコシ料理をお腹いっぱいに満たしているうちに、高原地帯の村に夕闇が迫ってきた。

トウモロコシの葉で包んで蒸した料理。

いつかまたの再会を固く約束して、刺繍が上手な人々とすごしたひとときの景色を心に焼き付け、帰り道の長いドライブを覚悟する。

※よみうりキルト時間7号(2017年発行)の掲載記事より

 

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